夏の甲子園の思い出
7月30日月曜日。台風で予定がキャンセルになり、時間ができたので地元の本屋さんへ。
いつもなら帰省しても仕事の対応をしていたけれど、今回は一休みということで久しぶりに甲子園関連の雑誌をチェック。
今年は第100回の記念大会。甲子園を目指して日々の練習を頑張っている球児たちの話を聞くだけでも「ひたむきになれるって、すごい!」と感じます。今回は、スタッフの息子さんが甲子園を目指していたのでドキドキしていました(残念ながら負けてしまいましたが、練習の様子を聞くだけでもう頭が下がります)。
20年前の第80回記念大会といえば、横浜高校の松坂選手が大活躍した年。そして、私が高校野球に釘付けになった年でもあります。
本屋さんでたまたま手に取った『熱闘甲子園』。このタイトルの番組は、甲子園で高校野球が開催されている期間内に毎晩放送されていたもので、生中継だけでは知り得なかった球児たちの想いに密着した内容になってて、毎晩欠かさずに見ていました。
20年前の当時は字幕がなくてテロップもそんなに多くなかったけれど長島三奈さんのチャーミングな笑顔、寄り添う姿に共感していました。
その翌年。
甲子園に行ってみたい!という思いで家族と出かけてみました。当時、高校一年生。まさに球児たちと同い年ということで勝手に親近感持って応援。冒頭に写ってる雑誌の上にある写真は第4試合が終了した後のもの。エース・香月選手の柳川が、初戦を制し、突然の雨の中で校歌を歌っている場面。
その写真が今回の帰省でたまたま出てきたので、一気に懐かしくなりました。
その次の年は友人と出かけて再び甲子園へ。結局3年間、毎年出かけていました(ダルビッシュ選手も見ました!)。
そして、毎年球児たちに応援の想いを届けたくてファンレターを書いて送っていました。今時SNSがあるのでそんなことをしなくてもいいけれど、同い年だったからこそ伝えたかった想いがあふれていて。
返事は全然期待していなかったけど、なんと!一人だけエースからお礼の一言が届いたのです。この時はあまりにも嬉しくて、舞い上がって。今までの人生でこんなに嬉しいことあったか?と思うくらい。
今思うと、マスコミにも取り上げられていたエースなのでファンレターもかなりの数だったはず。丁寧にお礼の返事を送る、という行為ができるってなかなかできないはず。
そんな思い出の、私にとっての甲子園。
炎天下の中で頑張るのは、本当に見ていて心配になります。でも、できる範囲で無理のないように頑張って楽しく野球ができるよう見守っていきたい。
今年はどれくらい試合を観れるか分かりませんが、一緒に応援しませんか。
日本語のメモ
7月23日月曜日。各地で猛暑の記録が塗り替えられるという異常な状態になっていますが、体調崩されていませんか。
写真にある、熊さんは砂で作られたものですが、あまりの暑さにぐったり…という状態に(嘘です。たまたまそういうポーズでした)。
今日は覚えておきたい日本語に遭遇しました。
『薫陶(くんとう)を受ける』
意味は『人徳や品格のある人物から影響を受けて、人格が磨き上げられること』(コトバンクより引用)。
話し言葉というよりは書き言葉だと思いますが、「影響を受けた」という言葉よりズッシリと重みを感じませんか。
本好きの友人に聞いてみたら「それは前から知ってたよ」とあっさり。まぁ、そんなこともありますってことで。
みなさんの人生の中で、薫陶を受けたことはありますか。
目に見えないものに触れる
7月17日火曜日。今の事業を始めてから「3連休中にどこかに行く」とは無縁の生活を送っていたけれど、前から予定していた鳥取への旅に出かけてきました。
広島、岡山にも近いので今回の災害でどうしようかと思いましたが、地方を訪ねることで経済的な支援が少しでもできたらと思って行ってみました(結局、飛行機からは被災地が見えず、何もできず。クラウドファンディングに寄付しました)。
鳥取県は、島根県の右側。ご当地Tシャツに「鳥取県は、島根県の右側です!」というのがあって売れているみたいです。一方、島根県の応援Tシャツは「左側です」と。
鳥取県は日本海に面しているので新潟と似た地域。でも、どうやって行くの?
新潟から鳥取までの直行便はないし、鉄道も繋がっているようでちょっと繋がってなさそうだし。ということで、新潟→東京→羽田空港→米子空港→鳥取→(災害のため、代行バスと鉄道を利用)新大阪→伊丹空港→新潟、というルートに。
飛行機、電車に乗る時間があったので本を読みながら過ごしました(これはいつものこと)。今回の旅でチョイスした一冊は、『万引き家族』。ま、万引き?
タイトルからにして何かと話題を呼んだ映画。
第71回カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞された映画。
是枝監督が自ら書き下ろした物語で、一冊の本になっていました。
個人的には、とても観たかったけど日本語字幕がつくのかどうか分からなく、映画館の空気があまり好きではなかったので、本を読んでみよう!と即購入。
後になって分かったのですが、この映画はUDCastの日本語字幕にも対応していました。映画館で見たい方は、何かしらの準備が必要みたいです。詳細はこちらを。
事前に映画の予告編を見たので、本の登場人物の顔を思い浮かべながら、本の中にあるストーリーを追ってみました。前半は、万引きという犯罪以外はごく普通の家族の姿が描かれ、後半はそれが脆くなり…。読んでいて、悲しくなるというか、「家族って何だろう」と考えさせられます。
血が繋がっているものが家族とはいえ、心身ともに健康的な生活を送れているかどうかという観点から考えると、家族のようで実は家族とは言い難い現実が所々、起きていると実感させられます。虐待、殺人事件が家族の間に行われていたというニュースも目新しくなくなってきました。
そもそも家族って何でしょう。コミュニケーションが円滑に行われて、その日に起こったことを共有しながら人生を共に歩んでいくというのが家族のあり方だとしたら、この『万引き家族』は、家族として機能できていました。
しかし、万引きは明らかに犯罪。
犯罪を犯した点だけで見ると、「この人は犯罪者」という視点になりますが、本人が置かれた背景を知ると、単なる犯罪者として見るにはちょっと違和感を覚えます。
人との繋がりを一つの絆として築いていった過程を辿ると、それこそ本当の家族の姿なのではないか、と思う場面がいくつもあって。犯罪者といえど。
例えば、虐待を受けた時の傷が、他人であるはずの人にも同じ傷があり、共に癒し、そして助け合う、支え合う関係に発展していく場面が出てきます。その時に本人が感じる気持ち、心を想像してみた時に、もうすでにその人は犯罪者としてではなく、一人の人間として捉えている。そうした私自身の行為に、私がどう受け止めて良いのかちょっと戸惑います。
人との繋がりって、私はこう思っていても、実は相手にとってはそうでなかったり。こういうのは、よくある話。もっとコミュニケーションを深めていけば分かり合えることもあるけれど、完全に分かり合える繋がりってなかなか無い。それに、当時はそうだったとしても、今になればまた違った感情で受け止められることもある。
人間、なんてわがままなんだろう。その日やその出来事、周りの関わり合う人によって、これまで自分が抱いていた感情が変わってしまうことも(だから、疑心暗鬼とか浮気とか、いつの時代にも起きうるのかもしれません)。
でも、どうせなら、人との繋がりを通して目に見えないものに触れた瞬間、何かしらの方法で相手と共有できたら、きっと相手も自分もお互いに生きやすくなるかもしれない。少しでも。
気持ち、想いを言葉にすることがいかに尊いことか。
『万引き家族』という衝撃的なタイトルではあるけれど、人との繋がりについて考えてみたい、向き合ってみたい人には多分、きっと共感できます。
まさかそんなわけがない
7月13日金曜日。ジェイソンの日だねって話したら、平成生まれの学生から「知らないっす」と言われました。昨日は、友人宅で子どもから「ポケモンはね〜」と話されて、「私、知らないっす」状態に。二日連続でジェネレーションギャップを感じました。
映画といえば、最近見たものが「X-FILES 2018」。Xファイル(1993年公開の海外ドラマ)が再び復活したもので、今回が最終シーズンになるかと話題に。
1993年に初めて公開され、2001年まで9シリーズ。
2016年に10シリーズ、そして今年2018年に11シリーズが公開されました。
11シリーズは、10話が収録されています。
「X-ファイルなんて、所詮はSFというか、非現実的でしょ」という見方もあるけれど、今回のシリーズは結構、リアルな描き方。今の社会で起きていることを取り入れたストーリーなので、「まさかそんなわけがない」と思っていたことが実際に起きてしまいそうな内容。
例えば、第7話「フォロワー」。
レストランの予約から配車サービスの手配、自宅のセキュリティ、買い物まで、何もかもスマートフォンでタップひとつの現代社会。しかしデジタル機器は次第に暴走を始める。
(amazonより)
私たちが何気なく使っているスマホ、パソコン、ドローン、ルンバなど、とっても便利なものが暴走してしまう。
デジタル機器が発達しすぎた映像を見ただけでゾッとしました。まさか、とは思っても、その可能性はゼロではない。まだ、ジェイソンの方がどこかで非現実的さがあって救われる思いがするほど。
第8話「親しき者」。
魔女伝説が残るコネティカット州の小さな町。公園で遊んでいた幼い男の子が、母親が目を離した隙にいなくなり、森で遺体で見つかった。警察は動物に襲われたと断定するが…。
(amazonより)
X-ファイルらしい雰囲気が一番分かるエピソードだけど、今の社会を反映しているシーンが一つ。「まさかそんなわけがない」という思い込みが暴走したもので、一つの情報だけを鵜呑みにし、特定の人だけが多数派に攻撃されてしまうという、ムラ社会と人間の負の部分がかなり分かりやすく描かれています。
何だか怖いストーリーばかりのように見えますが、意思の固いモルダー、理性的なスカリーでさえ、目の前に起きている事態に戸惑いを覚えていました。
今までのシリーズはどちらかというと、それでも解決に向けて立ち向かうぞ!と前に突き進む感じが強かったけれど、今回は戸惑いの色が強く、うろたえてしまったり諦めかけそうになったりと人間らしさが垣間見えて、とても共感しました。
また、二人の会話から励まされるものが多く、今回のシリーズは涙、涙。
「今まで選択してきたものが正しかったかどうか分からなくなってきた。でも、正しかったと信じたい(モルダー談)」。
ろう者はわがまま?
7月11日水曜日。セブンイレブンの日。新潟駅の近くに、一風変わったセブンイレブンがあります。外見は全く同じですが、入り口が一瞬分かりにくく、本当に営業しているの?と目を引くものが。
(写真が冬のものなので、見るだけで「わぁ〜涼しい!」と感じますw)
最近、アメリカから友人が一時帰国したので久しぶりに会いました。
英語とASL(アメリカ手話)を使った仕事をしているので、彼女と私の間ではアメリカ手話、日本手話、日本語、英語、と混じった会話に。私自身、アメリカ手話と英語はほんの少しだけできる(できない、と話したら怒られました)のですが、なかなか面白いです。
留学経験があり英語が堪能なスタッフも途中で加わって話をしてみると、ますます英語とASLの頻出度が高まり、ついていけなくなりました(ろう者同士が手話で話して、それを懸命に読み取る聴者のような立場)。
それはそれで楽しかったです。
今回、いくつかの話題の中で黒人の話も出てきました。初めてアメリカに行った時に黒人ばかりの集団があって怖かった、という話。私も初めてロサンゼルスで泊まったモーテルやコンビニで多くの黒人とすれ違って「怖い」と思ったことがあります。何かをされたり、睨まれたわけではないで、まさに「映画で見たイメージ」による完全な私の思い込みでした。
モーテルでは窓の向こうに有刺鉄線が張られていたり、浴場のドアに穴が空いていたり、オンボロなエアコンに壊された鍵、と日本では考えられない環境だったので余計に怯えていたのかも(でも、友人は気持ちよく寝てました。性格の違い?)。
この思い込みはステレオタイプと呼ばれるもので、「日本人は曖昧」という外国人からの見方もその一つ。 一括りにして◯◯人はこうだという見方。
映画『大統領の執事』に黒人が出てきますが、世代や環境の違いによって白人に対する見方が分かれるシーンがありました。白人の言うことを忠実に守った方が生きやすいという主張がある一方で、黒人がいつまでも言いなりになるのはおかしい、と反論するという場面は、他の映画にも見られます。
黒人が辿ってきた歴史は長く、どちらの主張が正しいかという次元ではなく、置かれた環境によっては自らの生き方、価値観が脅かされるものになるからこそ、アイデンティティの確立が明確にならざるを得ない(そうすることで自分を守る)ともいえるように思いました。
「白人の言いなりに」というのは、ろう者の中では「聴者(耳が聞こえる人)の言いなりに」と置き換えられます。そういった類の話は、私が生まれる年よりもずっと前から起きている話で、ろう者の高齢者の「聴者の言うことを聞け、と言われた」「ろう者は何をやっても無理と言われた」という昔話に見られます。
先ほどの黒人の話で、映画の中では「白人と仲良くする黒人」と「白人と敵対する黒人」の二つに分かれて描かれています(その方が映画のストーリーとしての分かりやすさがある)。これが、ろう者の間でも共通しています。「聴者と仲良くするろう者」と「聴者と敵対するろう者」。
でもこの構図は時代の変化によって、一時的に過激的だったことも含めて変わってきているように思います。インテグレーションの教育的な背景、ろう者の日本語の親和性が高まった環境も含めて、昔ほど目に見える差別が少なくなってきました(目に見える差別というのは、おし・つんぼと目の前で言われた、手話やると手を叩かれた、食事を別々にとらされたなど)。
でも、最近SNSやテレビでろう者の宿泊拒否、入場拒否が報じられました。このニュースは過去にもいくつかあるので「またか」という感じだけれど、差別という言葉で主張する当事者の声を見ると、時代は変わってきたように見えても双方の間では変わってきてない部分もあるのかな、とふと思いました。
「差別された」と感じるのはどうしてなのか。断られたという事実に対して感じたものなのか、それとも断られた後の対応の仕方に対して感じたものなのか。
その変わってきてない部分をどう捉えるかは、人にもよるし、ケースバイケースによります。「だから、ろう者はわがままなんだ」「障害者のくせに何を言うてる?」という意見がある中、「ろう者は一人で行動できる」「聞こえないけど結婚もしてるし、普通に暮らしとる」という前向きな意見が当事者の中から出てきています。
ろう者だって一人で旅できるし、スポーツも普通にできる。
それはとても良いことだし、そもそも障害というのは現代社会が作ったものであり、聞こえない=障害、というのは古い価値観。
ただ、今の私にとって、この前向きな発言になかなか積極的になりきれていません。福祉の仕事をしているからか、ろう者の置かれた現実があまりにも多様なので一括りにできない、というのが本音。「ろう者は一人で行動できる」というのは事実であって事実でない。
聴者は一人で行動できる、に置き換えてみると…。「いやいや、私なんか一人で旅できないもん」という聴者の友人がいます。そう考えると、ろう者の中にも一人で行動できる人がいれば、そうじゃない人もいる。
しかし、何かを発信していくためには必要なことであることを承知の上で「ろう者は弱い者ではない」と主張する。そうせざるを得ない社会のあり方を見る限り、目に見えない本当の差別が解消されるはいつなのだろう、と思います。
聴者と同じようにサービスを享受しようと思ったら断られた、という事実は事実。今に始まったことはでないものの、どうやったら改善できるのか、という部分でどこまでお互いが話し合ったのか見えてこないので、気になるところです。
発信する側に立つ以上、どういう方法なら良かったのか、こういう配慮があってとても助かったなど、具体的な事例がもっと発信できれば、ケースに応じた対応ができるようになるし、双方の話し合いがより深まるのではないかと。ろう者の中には、常に自分が聞こえないことを先方に伝えた上で「こうしてもらうとありがたい」と先回りして行動している人がいます。おそらく、そういうケースが目に見えてこない(情報が少ない)ので、サービスを提供する側も不安にならざるを得ないのかもしれません。
逆にいえば、ろう者との関わりがある聴者の方が「こうすればいいかな」と行動できるのは、ろう者の状況を日常的な経験から知っているというのが大きいかもしれません。
行きつけのお店やディーラーさんは、私が聞こえないことを知ってるので前もって必要なことは紙に書いたり、メールでも対応しています。そういう対応方法を知っているだけでも、知らないよりは大きいと。
単純に、障害者を毛嫌いする人と遭遇してしまったために起きたニュースだけのことかもしれませんが、いろいろ考えさせられた出来事。
ろう者とか障害者を一括りにすることはステレオタイプを助長するようなことにもなる一方、一括りにすることで分かりやすく現実を伝えられるのもあります。その上で慎重に言葉を選びながら対応できると、もっと優しい社会になれるのかも。
タイトルの答えは、わがままでもあり、わがままでもない(ああ、こんな終わり方で良いのかしら)。
一ヶ月間、時間があったら
7月10日火曜日。「明日から一ヶ月間、お休みです」と言われたら?
前々から長期的な休暇が欲しいなぁと思っていたけど、いざそうなると、不思議なもの。
20代の頃なら、迷わず旅行に出かけていたかもしれない。でも今はそんな気持ちよりも「よかった!身の回りを整理するチャンス」とやっと取りかかれることが嬉しい(そんなに散らかっているわけじゃないけれど…)。
今まで「ああ、時間が足りない」と感じていた生活から、急に「おお、時間ができた」生活に変わったので、これからどう過ごしていくか自分自身を試しながらやってみます。
あんなに毎日、多くの人に会っていたのに、今日は特に誰かと会う予定がない。というのは何とも不思議な感じ。音は全然、聞こえないけれど、急に静かになった感じ。
以前、結婚して主婦になった友人から「なんか、社会から隔離された感じ」と話してたのが分かるような気がする。一つでも関わり合える場所があることがいかに大切かしみじみ感じます。
人によって社会の関わり方はそれぞれだし、同じ状況になっても隔離されてるとは全然感じない人もいます。そんな中で、自分という枠から一歩出て、誰かと関わり合うことは当たり前のようで実はとても貴重な時間。
当然、いろんな人がいるから良いことばかりではないけれど、だったら前向きに関われたらとも思う。
現場が回れてこそのお休み。これからどう予定を組み立てていくか。新たな価値観に気づけそうでわくわくしています。
心の中にアルバムを作る
6月19日火曜日。Facebookにも投稿したけれど、ここにも。
鹿児島の噴火に続いて、群馬と大阪に地震が。知人が住んでいる地域でもあるので心配ですが、どうか無事でいられますように。
ところで、先日は鹿児島へ行ってきました。
数年前に高齢の利用者さんが「私がずっと行きたかった地域の中に、鹿児島がある。でも遠いから無理。死ぬまでに一度は行きたかったけどね」という一言がずっと私の中で引っかかっていました。第二次世界大戦の最中に生まれたろう者で、一人で近場を旅することが好きな方。でも、鹿児島は新潟から見ると遠い場所に見えます(飛行機で乗り継がないといけないし、新幹線だけで丸一日かかる)。
施設に通っている利用者さんの中には、旅行自体に全然興味を示さない人もいます。
今までは恒例のイベントとして年に一回、旅行を実施していましたが、興味ない人まで巻き込んで行く価値があるのかどうか、も引っかかっていました。障害の特性により、集団行動を無理強いすることはできないので見直してみよう、と。
オーダーメイドではないけれど、利用者さんが本当に求めているニーズを理解した上で集団行動を学びの場として活用できるよう、イベントを細分化することに。全員が全員、同じ行動をするよりは、それぞれが行動したことを、それぞれ持ち寄って話をすることができればそれこそ「経験の共有」として他者との繋がりのきっかけになるのではないか、ということで今年はいくつか試みることにしました。
その一つが鹿児島行きの旅行。
せっかく行くからには、現地に住んでいるろう者・難聴者・手話のできる聴者との出会いもあった方がいいと思い、「薩摩わっふる」様のところへ。
当施設と同じ就労継続支援B型施設なので、利用者さんも興味津々。ワッフルを頬張りながら作業内容についてお話を伺いました。その後も夜まで交流させていただきました。
NPO法人デフNetの皆様、本当にありがとうございます。
翌日は鹿児島の街を知るために、地元スタッフの案内で観光。観光地を巡る際、説明があるとより魅力が増すはずなのですが、ろう者の場合、視覚的に情報を得るので説明と目の前にある風景が同時に目に入ると、かなり大変。
目の動線を考慮した上での手話ガイドがあると、もっと観光を楽しめたかもしれません。日本語表記の案内板が最近、英語だけでなくハングル語、中国語など増えているけれど、聴こえない人にとっての観光資源がまだまだ数少ないことを実感(鹿児島に限らず、新潟も同様)。
それでも、その地域が放つ日常的な風景は観光客の気持ちを掴むものがあります。今回の鹿児島は、桜島の噴火。
島民にとっては厄介な存在だけれど、非日常的に見える灰は利用者さんたちにとって「ほぉ〜〜〜!これが鹿児島なのか!」と感動的なものに。
テレビでしか見たことがなかったものが、目の前にある。それが観光資源の一つであり、地域の魅力の一つでもあります。
そして、夜に立ち寄った居酒屋では店主が手話で接客。これも利用者さんたちにとって「ほぉ〜〜〜〜!」。店主の思いやり、熱い想いが伝わってきて素敵な夜に。よか晩様、とっても楽しい時間をありがとうございました。
鹿児島に行きたがっていた高齢のろう者、「行ってよかった。あとはもう死ぬだけ……いやいや、また行こうかな!」と笑顔に。
観光はただその地域を巡るだけでなく、訪れた人の心の中にアルバムを作るようなもの。そのアルバムが少しずつ増えるよう、また企画してみます。
将来の道を決める、ということ
6月10日日曜日。最近、就職活動していた学生さんから「内定もらいました!」。他の学生さんからも民間企業に決まったと報告があり、中には、大学院進学も。そして、これから公務員試験を受ける人も。
今や労働人口が4000万人台になり、どこも人手不足と言われている中で就職先が見つかるというのは難しくないはずだけれど、一方で内定がなかなかもらえないという現実もあるようです。
もちろん、内定をもらうために頑張って試験勉強に励んだり、面接の練習をしたり、インターンしたり、とアルバイトしている学生でも合間を縫って臨む就職活動。
就職活動は、人生の岐路に立つ手前の活動であり、思い悩むことも多そうです。
「たまたま第一印象が良くなかった」「たまたま他の人材がすでに入っていた」など、採用されなかった現実を受け入れるのは、相当メンタルが強くないと難しいような。また、採用されても実際に入ってみたら「こんなはずじゃなかった」「思っていたよりキツい」ということも、全くないとは言えない。
結局、就職活動というのは「もうこれしかない!」のではなく、あくまでも人生を歩み続けるための一つの通過点に過ぎない。
採用されたというのは一つのステップとして次に時間を使うために進むもの。
採用されなかったというのは、一つのステップとして次に採用される、もしくは他の選択肢を考えるために進むもの。
要は、将来の道を決める、というのは1回だけではない。これから先の人生、いつ、どんな時でも決断する場面はあるのだから。
と、学生時代の私に伝えたかった言葉を書いてみました。
今日もごきげんよう!
離島といわれている島へ
6月3日日曜日。離島は文字通り、離れた島。でも、世界から見れば、日本も離島のようなものじゃない?
ということで、ウィキペディアさんによると。
離島(りとう)は、本土・本島から遠く離れている島である。法律や行政等において用いられる区分であり、地理学上は、島に関して本島・離島といった区分け・分類はない。
ということで、島に行ってきました。今回は家族で水入らず(親孝行?)の旅行。
(右側に滑走路が見えます)
年に数回しか会えない家族なので、積もる話をしながらのフライト。直行便だったので乗り継ぎ無し。
約3時間で着いた先は、石垣島。
沖縄本島(那覇空港)に立ち寄らず、沖縄の島に着くのは変な感じでした。
沖縄に降り立つと「ぷわぁっ」。雪国ではあまり感じられないこの熱風、沖縄らしい。
この空港内にスターバックスがあるのですが、立ち寄るのを忘れてしまいました。
レンタカーで市街に移動。この日は平日だったので、まず郵便局へ。
郵便局に行く理由は、ご当地のハガキが買えるから。地域限定の切手も、期間によっては購入できます。ただ、平日にしか行けないことが難儀だけれど、旅先で郵便局に行くのは学生時代から変わっていなく、定番になっています。
そこから島内をぐるぐる。石垣島の名所を回った後、シーサーを買いたいという家族の希望で米子焼工房へ。
手作り感溢れるシーサーが多数に置かれていて、表情も様々。見ているだけで、こっちまで笑ってしまいそうなのも。
店員さんから「裏側へもどうぞ」というので、歩いてみると、「シーサー農園」が。
平成31年?数字が上塗りされているってことは、延期なのか、それとも思ったより早く完成するから?
あまりの広さに唖然としながら、散策したので写真も少なめ。
人が少なくて、穴場?と思うくらい、広々していて子どもたちが大喜びしそうな公園みたいな場所。
自宅の近くにあったら毎日通いたくなる。ベンチもあるので、座りながら読書したり、のんびりできそうです。
人口683人の島。信号がない島。
小学校と中学校が同じ敷地内にあり、集落の中を入っていくとNHK「ちゅらさん」の舞台になった民宿が。でも、「ちゅらさん」が放映された当時は朝が苦手だったのであまり記憶になくて…。
コンパクトに集まっている集落とはいえ、地元の人はどこかに働きに出かけたのか、あまり見かけず、ヤギさん遭遇率が高かったです。ヤギさんも仕事していました。
(草を貪るように一生懸命食べているヤギさん)
ここでも島内をぐるぐる。展望台があるというので、登ってみました。
観光名所の展望台は「大岳(うふだき)展望台」。でも私たちが行ったのは、もう一つの「西大岳展望台」。あまり知られていないのか、誰もいませんでした。
ここから360度、ぐるりと見渡せます。この石碑は小浜島の形。この先にちょこっと見える島は、人口6名のカヤマ島。とても興味があるけど、立ち寄る時間がなくて残念。
島内をぐるぐるしていたら、もう夕暮れになったので居酒屋さんへ。
この居酒屋さん、とても素晴らしくて。店内の雰囲気も良かったし、お料理が美味しくて。店員さんもテキパキと切り盛りしてて、仕事ができる人ってすごい!
島内で、なんと低空飛行しているクジャクを見かけたので、店員さんに聞いてみると「普通に飛んでいますし、600羽はいるんじゃないですかね」と。確かにこの日だけでもあちこち、あまり見かけない類の鳥が飛んでいたり、歩いていたり。
ゆっくり夕飯を嗜みながらの泡盛。ここが旅の醍醐味、と言いたいところだけれど、日頃の疲れが響いて1杯だけでギブアップ。その日の夜は満天の星で、とっても綺麗に見えた!!のに、泡盛の酔いがおさまらず…。でも、家族は大満足だったようです。
(旅人の安全と幸せを祈る意味)
翌日は、もう帰路につかないといけなかったのでフェリー乗り場へ。
そんな感じで短い間の石垣島・小浜島でしたが、海だけでなく、緑(山)、鳥、そして虫をたくさん見かけた時間。自然に囲まれた島は、きっと生活をする立場になると過酷なこと(台風とか)もあるけれど、海と空、そして緑色がとても綺麗で最高に素晴らしかったです。次はもう少し時間を作って歩き回りながら、島の顔を知りたい。
次の旅はいずこへ?
ブログで紹介されました。
6月1日金曜日。「あっという間だねぇ」がよく使われる日。
この前、取材を受け終わったと思ってたら早速、ブログにて紹介されていました。
なんと、レポート5まで続きました。私、そんなに話したっけ?
佐藤さん、ありがとうございます。上手にまとめてくださって、本当に素晴らしくて。
以前から、新聞やテレビでちょこっとだけ紹介される私に対して「実際に会ってみると案外、堅くなくて良かった」と。メディアを通して映る私ってどんな感じなんでしょう。
個人的には自分が映っているのを見るのは、変な感じがして今でも全然慣れない。
私が日頃、見ている俳優さんやアスリートさん、芸術家さんもきっと「これが自分?」とちょっとした違和感はあるはず!と思うと、メディアに映るっていうのは、そういうものなのかも。
恥ずかしいですが、よかったらぜひレポート1〜5まで読んでいただけると嬉しいです。