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うすいの気まぐれな日記

手話、聴覚障害、マイノリティなどについて発信するブログです。

スルーしてしまう人もいるけれど、見る人もいる

 

「目を会わせろと言われても、どうやって合わせたらいいのか分からなかった」。

 

手話を習う人の中には、視線を合わせることに難しさを感じる人がいます。

 

日本語、英語、韓国語などの音声言語は、耳から入り、口から出てくるので、目をあまり使わなくても会話ができるからですね(非言語コミュニケーションとしてのボディランゲージもありますが)。

 

それに、「見られる」ことに対して強烈な違和感を持つ人もいます。

 

他人に肩を触られたくないという感覚も似ていて、

自分の周りにある範囲の中に入ってもらいたくないという、パーソナルスペースがあります。

世の中、自分とは全然異なる感覚を持つ人がいることをついつい、忘れがちなのかも。

 

視線を合わせることについて、盲ろう者もいますが、

ろう者は良くも悪くも他者との目を合わせることには慣れています。

耳が聞こえないが故に慣れざるを得ない、ですね。

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聞こえる人の中にも、視覚的に捉えることが得意ということもあります。

それに近いと思いますが、手話を使って話すときの視線は「手の動き」ではなく、

相手の目と口を真っ先に見ます。

 

分かる、分からない、の前に「見る」。そして、頭で頷く。

頷くタイミングによっては、相手に「あ、今のは通じたんだね」と誤解させることもあります。

あくまでも、次の流れを確認したくて促しているだけなのに。

 

言語と文化の違いでしょうか。

 

先日、エレベーターですれ違う時、ろう者の方が「あ!こんにちは」と視線を合わせて挨拶しました。そして、同じ日にエレベーターに乗ろうとしたら、聴者に会いました。

「あ!こんにちは」と言いかけたところ、私の存在に気づいていなかったのか、聴者の方からスルーして通り過ぎようとしていました。

あとで本人に聞いてみたところ、気づかなかったそうです。

 

普段、視覚的に情報を得ているからこそ、相手側の顔を見ることが習慣になっています。

目を合わせて話すことは、自己啓発の本にも書いてあるように、信頼関係を築く上で欠かせないもの。とはいえ、ろう者を相手に話すと大変緊張してしまう方もいらっしゃるようです。

 

それでも目を合わせることは、相手を安心させる意味でも重要なこと。

慣れるまでに時間がかかりますが、一度慣れてきたら強みになりますね。