「それくらいのことはできるんでしょう?」よりも、見本を見せる方がいいんじゃない?
「それくらいのこと、できるんでしょ」
「そんなことも分からないの?」
人が何かをする前に、
そう言う人がいます。応援する気持ちがあっても、つい言葉に出てしまうことがあります。
言葉は、状況によってはポジティブに受け止められるけれど、そうじゃない時もありますよね。
厄介なのは、ろう者同士の会話で「私もろう者だから、君もできるはず」という部分。
「ろう者だから気持ちはわかるよ。でもやればいいじゃん」。
「ろう者でもできるんだよ。だから君もやればいい」。
確かに当事者同士で励まし合う時は、必要な言葉でもありますが、時には躓かせることにもなります。
聴者の多い社会だから、ろう者のロールモデルが少ないという声もよく聞きます。
「やればいい」「できるでしょ」という言葉は、相手を応援するどころか、突き放す言葉に聞こえてしまいます。
むしろ、やり方を教えてあげた方がいいのでは?と思います。
試行錯誤しながらチャレンジするということは、自分にとって血肉になるのでどんどんやらせるといい。
でもこれは、本人に何かしらの基盤があってのことだと思うのです。
その基盤というのは、選択肢とも言えます。
本人の中で、Aという方法もある、Bという方法もある、その他もある、というように選択肢が幾つかあった上で初めて前に進めるのではないか、と思います。
やり方を教えることは、見本を見せることもその一つ。
これが案外、できていないことが多いような気がします。
一体なぜなんでしょうね。
私自身も、できるだけ具体的な方法を示せているかどうか、
自戒の意味も含めて書いてみました。